大神神社の磐座

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 Share (facebook)  Report2008.11.2 平津 豊 Hiratsu Yutaka

奈良県桜井市三輪に鎮座する大神(オオミワ)神社は、大和国の一宮で大和最古の神社と言われている。この神社については、三輪の大神神社のページを見て欲しい。長年の夢であった三輪山の頂上の磐座(イワクラ)を目にすることができたので報告する。
大神神社は、古代の自然崇拝を今に伝えており、標高467mの三輪山そのものを御神体としている。そのため、大神神社には、拝殿のみしか存在しない。拝殿の奥に三つ鳥居があり、その向こうには三輪山がある。つまり、参拝者は皆、この円錐形の美しい神奈備(カンナビ)山である三輪山を拝む形になっている。
三輪山そのものが御神体ということであるが、さらに言えば、三輪山の頂上にある磐座つまり巨石が御神体と考えられる。
古代に、人々は山頂の巨石の前で祭祀を行っていた。それがだんだんと山のふもとで、祭祀が行われるようになり、今の大神神社の位置に拝殿が造られたと考えられる。
自然崇拝から神社崇拝へとつながっている典型的なケースがここにある。
この三輪山では、おびただしい数の祭祀遺物が発見されていることからも想像できる。
この三輪山には、他の山のように容易に入山できない。拝殿の奥は禁足地であり、全山も「御留山」と言われ、関係者以外の入山は固く禁止され、厳格にこの三輪山の神格が地元の人々によって守り続けられてきた。
そのような中、唯一、頂上にある高宮(コウノミヤ)神社への登拝だけが許されている。
私も、その手続きをして登拝することにした。
まず、大神神社の北にある狭井神社で、登拝を願い出て、住所氏名を記録すると、往復とも決められた1本道以外の道を外れないこと、写真撮影は禁止であることを注意される。その後、たすきと杖を借りて登拝することができる。

【この拝殿の向こうには三つ鳥居があるのみ】

登山口を入って登り始めると、すぐに下山する人達とすれ違う。荷物を持っていないことから、この付近に住んでいることが分かる。朝早く登拝していた人たちなのだろうが、なんと、その人達が素足なのだ。三輪山に対する礼儀なのだろうか、それとも三輪山からパワーをもらうためだろうか、素足で山道を降りてくるのだ。自分たちが神域に入っていることを教えられる光景だった。
また、しばらく登ると20名程の団体に追い抜かされた、20代から30代の若者達であったが、やはり彼らも素足あるいは白足袋であった。また、70代の腰の曲がったご老人が孫に支えられて降りてくるのにも出会った。この人々にとって、この山への信仰は、生活の一部となっているのだろうと思った。

 【巫女の舞いも山に向かって行われる】


さて、道は川沿いとなり、小さな滝場がある。そこをすぎると勾配は急になる。休み休み登ると、左手に岩石の集合が見えてきた。中津磐座(ナカツイワクラ)と呼ばれる巨石群だと思われる。かなりの量の巨石が集まっているのだが、何かを形作ってるとか、巨石に特徴があるとかということはないようである。
もうひとがんばりすると、木々が無くなり空が見えてきた。視界が開け頂上に出た。
小さな社の高宮(コウノミヤ)神社が現れた。
この辺りには10名ほどの人々が休んでいたが、この人々は先ほど出会った人々とは違ってハイキングとして登山している人達である。この人達は、自分たちが場違いな所に居ることを感じているのだろうか、そんなことを考えながら、さらに奥に進んだ。本命の磐座はさらに100m程奥にあるようだ。
巨石群が目の前に見えてきた時、正直どれが磐座が良く分からなかった。
写真厳禁なため、三輪山の磐座を写した資料は今までには無く、どのような形をしているものか、知らなかったわけだが、もっと大きなものを想像していた。
実際の磐座は机ぐらいの大きさで、円盤状をしていて横に割れたものであった。しかし、その大きさには係わらず、しばらく眺めていると何か不思議なパワーを感じる。言葉にすると「違和感」「異質感」そんな感じだ。巨石のしっとりとした質感とその丸みが尋常でないものを感じさせる。

日本書紀には、三輪山の神の妻となった倭迹迹日襲姫命(ヤマトトドヒモモソヒメノミコト)の物語がある。倭迹迹日襲姫の墓を箸墓といい、この箸墓は、昼は人が作り夜は神が作ったとされ三輪山のふもとにある、この箸墓こそ卑弥呼の墓ではないかと唱える学者もいる。
【大神神社の境内にある夫婦岩、辺津磐座(ヘツイワクラ)の一つとされる】
卑弥呼の時代に既にこの巨石が信仰されていたことは確実であり、卑弥呼がこの大和に居たとすると、卑弥呼もこの三輪山の山頂に登り、祭祀をとり行っていたはずである。
今、自分が立っているこの場所で卑弥呼が祈っていた姿を想像すると、タイムスリップしてしまいそうだ。

40代のご婦人が祝詞をあげていたり、20代の男性が両手を大きく広げて瞑想している。人それぞれいろいろな方法で、このパワーを取り入れようとしているようだ。
そんな異様な光景を目の当たりにして、カップルが「これは何?」と話していた。思わず熱く説明してしまったのだが、ハイキングに来た人にとっては迷惑だったかも知れない。


まさに、日本最古の磐座がここにあり、それが今も人々の信仰を集めており、その霊験がいかに偉大なものであるかを実感できた日であった。

【巳の神杉、この木に大きな蛇が住んでいおり、参拝者に崇められている。ただし、この神社で蛇を見かけても写真を撮ってはいけない。】
(Photograph 2008.11.2)

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