桧原神社

ヒバラジンジャ
   元伊勢(モトイセ)   倭笠縫邑(ヤマトカサヌイムラ)

奈良県桜井市三輪1330
御祭神 天照大神若御魂神(アマテラスオオカミノワカオンミタマノカミ)
伊弉諾尊(イザナギノミコト)
        伊弉册尊(イザナミノミコト)         
大神神社摂社
豊鍬入姫宮(トヨスキイリヒメノミヤ)
御祭神  豊鍬入姫命(トヨスキイリヒメノミコト)
大神神社末社


(Photograph 2011.10.1)

探索レポート 三輪 大神神社
探索レポート 大神神社の磐座
探索レポート 山之辺の道2


(元伊勢)桧原神社と豊鍬入姫宮の御由緒

『大神神社の摂社「桧原神社」は、天照大御神を、末社の「豊鍬入姫宮」は崇神天皇の皇女、豊鍬入姫命をお祀りしています。
第十代崇神天皇の御代まで、皇祖である天照大御神は、宮中にて「同床共殿」でお祀りされていました。同天皇の六年初めて皇女、豊鍬入姫命(初代の斎王)に託され宮中を離れ、この「倭笠縫邑(ヤマトカサヌイムラ)」に「磯城神籬(シキヒモロギ)」を立ててお祀りされました。その神蹟は実にこの桧原の地であり、大御神の伊勢御遷幸の後も、その御蹟を尊崇し、桧原神社として御大神を引続きお祀りしてきました。そのことより、この地を今に「元伊勢」と呼んでいます。
桧原神社はまた日原神社とも称し、古来社頭の規模などは本社である大神神社に同じく、三ツ鳥居を有していることが室町時代以来の古図に明らかであります。
萬葉集には「三輪の桧原」とうたわれ山之辺の道の歌枕となり、西につづく桧原台地は大和国中を一望できる景勝の地であり、麓の茅原・芝には「笠縫」の古称が残っています。
また「茅原(チハラ)」は、日本書紀崇神天皇七年条の「神浅茅原(カムアサヂハラ)」の地とされています。更に西方の箸中には、豊鍬入姫命の御陵と伝える「ホノケ山古墳(内行花文鏡出土・社蔵)」があります。   大神神社』


(Stamp 2011.10.1)