伊弉諾神宮

イザナギジングウ
  Photograph 2012.12.12   平津 豊 Hiratsu Yutaka

  
兵庫県淡路市多賀740
御祭神 主祭神 伊弉諾大神(イザナギノオオカミ)           
配祀神 伊弉冉大神(イザナミノオオカミ)      
式内社 淡路国一宮 官幣大社

伊弉諾尊が最初に生んだ淡路島の多賀の地に幽宮(かくりのみや)をつくったとされる。


伊弉諾神宮の拝殿
(Photograph 2012.12.12)

探索レポート オノゴロ島と国生み神話(2013年)
探索レポート 伊弉諾神宮(1998年)


伊弉諾神宮とは
伊弉諾神宮は、古事記・日本書紀の冒頭にその創祀を記し、神代の昔に伊弉諾大神 が、御子神の天照皇大御神に統合の権限を委ね、淡路の多賀の地に「幽宮(かくりのみや)」を溝へて余生を過された神宅の旧跡と伝えられてゐます。ここで終焉を迎へた伊弉諾大神は、その宮居の敷地に神陵を築いて祭られました。これを創祀の起源とする最古の神社が伊弉諾神宮です。明治以前は、神陵の前方に本殿がありましたが、明治初年の国費により造営で、神陵の墳丘を整地して本殿を真上に移築し、現在の景観に整へました。
平安時代の延喜式の制では、名神大社。三代実録には神格一品。明治の制度では官幣大社に列格し、古くから淡路国の一宮と崇められ、地元では日本第一番の宮であることから「いっくさん」とも呼ばれます。また日之少宮、津名明神、多賀明神、淡路島神、一宮皇大神とも別称されてゐます。
昭和二九年に、昭和天皇が「神宮号」を宣下されましたので、伊弉諾神宮と改称し、兵庫県下唯一の「神宮」に昇格しました。

御由緒
古事記・日本書紀には、国生みに始まるすべての神功を果たされた伊弉諾大神が、御子神なる天照大御神に国家統治の大業を委譲され、最初にお生みになられた淡路島の多賀の地に「幽宮」を構へて余生を過ごされたと記される。
その御住居跡に御陵が営まれ、至貴の聖地として最古の神社が創始されたのが、當神宮の起源である。地元では「いっくさん」と別称され日少宮・淡路島神・多賀明神・津名明神と崇められている。
本殿の位置は、明治時代に後背の御陵地を整地して移築されたもので、それ以前は、禁足の聖地であった。御陵を中心として神域の周囲に濛が巡らされたと伝え、正面の神池や背後の湿地はこの周濛の遺構という。 建物や工作物は、明治九年から同二十一年に官費で造営されたものが殆どだが、神輿庫及び東西の御門は、旧幕時代の阿波藩主の寄進による。 境内地は、約一万五千坪。沖積地にあって天然記念物の大楠など照葉樹林に覆はれ、四季を彩る草木が繁茂する日本最古のお社である。江戸時代の地誌によれば、二丁四方の社地を領したとあり、広大な神域であった。
−ホームページより−


伊弉諾神宮の表参道 奥に中之鳥居
(Photograph 2012.12.12)


伊弉諾神宮の表神門
(Photograph 2012.12.12)


伊弉諾神宮の中門
(Photograph 2012.12.12)


伊弉諾神宮の中門 中に天の御柱
(Photograph 2012.12.12)


伊弉諾神宮の本殿
(Photograph 2012.12.12)


伊弉諾神宮境内の左右神社(左) 鹿島神社・住吉神社(右奥)
(Photograph 2012.12.12)


伊弉諾神宮境内の根神社・竈神社
(Photograph 2012.12.12)


伊弉諾神宮境内の伊勢神宮遥拝所
(Photograph 2012.12.12)


伊弉諾神宮の淡路神楽(拝殿にて)
(Photograph 2012.12.12)


伊弉諾神宮境内の陽の道しるべ
(Photograph 2012.12.12)

探索レポート 伊弉諾神宮


(Stamp 2012.12.12)