木島坐天照御魂神社 (蚕の社)

コノシマニマスアマテルミタマジンジャ
  Photograph 2012.10.27   平津 豊 Hiratsu Yutaka

   
京都市右京区太秦森ヶ東町50
御祭神
  天之御中主神(アメノミナカヌシノカミ)
大国魂神(オオクニタマノカミ)
穂々出見命(ホホデミノミコト)
鵜茅葺不合命(ウガヤフキアエズノミコト)
瓊々杵尊(ニニギノミコト)
         
名神大社 式内社



木島坐天照御魂神社の社殿
(Photograph 2012.10.27)

探索レポート 秦氏を追って



御由緒
木嶋坐天照御魂神社
延喜式内社で祭神は天之御中主神外四柱(大国魂神・穂々出見命・鵜茅葺不合命・瓊々杵尊)を祀っている 創建年月日は不詳であるが「続日本紀」大宝元年(701)4月3日の条に神社名が記載されていることからそれ以前に祭祀されていたこと思われる古社である 天之御中主神を主として奉り 上は天神に至り下は地神に渉り 御魂の総徳を感じて天照御魂と称し奉り 廣隆寺創建とともに勧請されたものと伝えられる
学問の神であり祓いの神でもある

蚕養神社(蚕ノ社) 本殿右側の社殿
雄略天皇御代(1500年前)秦酒公呉国(今の中国南部)より漢織・呉織を召し秦氏の諸侯と供に数多くの絹 綾を織り出し「禹豆麻佐」の姓を賜る この地を太秦と称し推古天皇の御代に至り その報恩と繁栄を祈るため養蚕 織物 染色の祖神を勧請したのがこの社である
養蚕 織物 染色の守護神である

元糺の池
境内に「元 糺の池」と称する神池がある 嵯峨天皇の御代に下鴨に遷してより「元糺」
と云う
糺は「正シクナス」「誤ヲナオス」の意味で此の神池は身滌(身に罪や穢のある時に心身を浄める)の行場である
夏期第一の「土用の丑」の日にこの神池に手足を浸すと諸病にかからぬと云う俗信仰がある。

三柱鳥居
全国唯一の鳥居である 鳥居を三つ組み合わせた形体で中央の組み石は本殿ご祭神の神座であり宇宙の中心を表し四方より拝することが出来るよう建立されている 創立年月は不詳であるが現在の鳥居は享保年間(約3百年前)に修復されたものである
一説には景教(キリスト教の一派ネストル教約1300年前に日本に伝わる)の遺物ではないかと伝われている

−神社境内看板より−



木島坐天照御魂神社の鳥居
(Photograph 2012.10.27)


木島坐天照御魂神社の社殿
(Photograph 2012.10.27)







木島坐天照御魂神社の本殿
(Photograph 2012.10.27)


木島坐天照御魂神社の東にある蚕養神社(蚕ノ社)
(Photograph 2012.10.27)


木島坐天照御魂神社の三柱鳥居
(Photograph 2012.10.27)


木島坐天照御魂神社の元糺の池
(Photograph 2012.10.27)


木島坐天照御魂神社の白清社
(Photograph 2012.10.27)


(Stamp 2012.10.27)