賀茂御祖神社 (下鴨神社)

カモノミオヤジンジャ
  Photograph 2012.10.28   平津 豊 Hiratsu Yutaka

   
京都市左京区下鴨泉川町59番地
御祭神
      東殿 玉依媛命(タマヨリヒメノミコト)
西殿 賀茂建角身命(カモタケツヌミノミコト)
         
勅祭社 官幣大社 式内 二十二社 山城国一宮



賀茂御祖神社の幣殿
(Photograph 2012.10.28)

探索レポート 秦氏を追って


御由緒
−御祭神とご神徳-
賀茂建角身命は、古代の京都をひらかれた神さまです。山城の国一宮として京都の守護神としてまつられています。平安京が造営されるにあたって、まず当神社に成功のご祈願が行われました。以来、国民の平安をご祈願する神社と定められました。
山城国『風土記』などに、玉依媛命が鴨川で禊をされているときに、上流より流れきた丹塗の矢を拾われて床におかれたところ、矢は美しい男神になられ、結婚された。そしてお子をお生みになったとの神話が伝えられていますので、古くから縁結、子育ての神さまとして信仰されています。
当神社は、国家国民の安穏と世界平和をご祈願する守護神であるとともに、厄除、縁結、安産、子育、交通安全など人々の暮らしを守る神さまです。
−神社パンフレットより−






賀茂御祖神社のさざれ石
(Photograph 2012.10.28)


賀茂御祖神社の石拾神事 生石御祓い場
(Photograph 2012.10.28)


賀茂御祖神社の御手洗 舟形磐座石
(Photograph 2012.10.28)


賀茂御祖神社の舞殿(左)と中門(右奥)
(Photograph 2012.10.28)


賀茂御祖神社の幣殿の前にある、七つの祠の一つ、二言社 ね歳の守護神 大国主命を祀る
(Photograph 2012.10.28)

幣殿の前には、七つの祠がある。
中門入って右手から左回りに
ね歳生守護の大国主神を祀る祠
うし歳生・ゐ歳生守護の大物主神を祀る祠
この二祠は二言社という

う歳生・とり歳生守護の志固男神を祀る祠
とら歳生・いぬ歳生守護の大己貴神を祀る祠
たつ歳生・さる歳生守護の八千矛神を祀る祠
左手の三祠は、三言社という

中央の二祠は、右から
み歳生・ひつじ歳生守護の大国魂神を祀る祠
うま歳生守護の顕国魂神を祀る祠
この二祠は一言社といい、

七つは北斗七星信仰に基づいている。
十二支は平安時代から信仰されている。
どの神名も大国主神の別名である。

このように神の別名を集めるのが、この賀茂御祖神社では行われているようで、研修道場で展示されていた遷宮の地鎮祭の様子の再現では、東西南北と中央にサルタヒコの神の別名をそれぞれお祀りしていた。




賀茂御祖神社の糺の森の古代の祭祀跡
(Photograph 2012.10.28)


境内社 河合神社(式内社)の本殿
(Photograph 2012.10.28)

河合神社
この本殿は、賀茂御祖神社の遷宮後の本殿をここに移したもの

ご祭神は、玉依媛命(タマヨリヒメノミコト)だが、賀茂御祖神社の玉依媛命(賀茂別雷神の母親)とは別の神で、神武天皇の母親の方だと説明されている。
確かに、河合神社の瑞垣内には貴布禰神社も祀られており、鞍馬の貴船神社は、玉依姫命が、黄船に乗って、淀川、賀茂川、貴船川をさかのぼって、水神を祭ったのが社の起こりとしているので、九州から玉依媛が山城に移ってきたとすることで符合する。
しかし、賀茂御祖神社の御手洗いの舟形磐座石は、御祭神の言伝えにちなんでとの説明であった。これは明らかに貴船の玉依媛のことを指しており、賀茂別雷神の母親である玉依媛ではない。なぜ上鴨神社や下鴨神社に玉依媛が祀られているのかは、深い意味があるようだ。



河合神社の社紋
(Photograph 2012.10.28)

上鴨神社や下鴨神社の神紋は、二葉葵である。賀茂氏とつながりのあった三河武士は葵紋を使用していたので徳川も三葉葵を新しくデザインして用いたとされる。
天皇からの勅使を迎える神社であるので十六菊花紋が飾られている。


(Stamp 2012.10.28)