賀茂別雷神社 (上鴨神社)

カモワケイカヅチジンジャ
  Photograph 2012.10.28   平津 豊 Hiratsu Yutaka

   
京都市北区上賀茂本山339
御祭神
      賀茂別雷神(カモワケイカヅノカミ)
         
勅祭社 官幣大社 式内 二十二社 山城国一宮



賀茂別雷神社の中門
(Photograph 2012.10.28)
中門の奥には、本殿と権殿がある。権殿は21年毎の式年遷宮時に使用される。

探索レポート 秦氏を追って



御由緒
雷の如く強い御力にて、天災地災等のあらゆる災厄を祓い退ける厄除の神を祀っています。神代の昔、賀茂別雷神が現在の社殿の背後にある神山(コウヤマ)に御降臨になり、天武天皇の御代・白鳳6年(678)には、山背国により賀茂神宮が造営され、現在の社殿の礎が築かれました。
桓武天皇の平安京遷都以降は、皇城鎮護の神、山城国一ノ宮として歴代の天皇が行幸・奉幣祈願され、明治時代以後終戦まで伊勢神宮に次いで全国神社のなかでも官幣大社の筆頭となりました。
古より皇族はもとより、貴族、武家に慕われ、現在も多くの人々に、方除・八方除・災難除・落雷除・電気産業守護の神として崇敬されています。
平安6年には23万坪の境内全域が世界文化遺産に登録されました。
−神社パンフレットより−



賀茂別雷神社の一の鳥居
(Photograph 2012.10.28)


賀茂別雷神社の細殿と立砂(タテズナ)
(Photograph 2012.10.28)

賀茂別雷神が降り立った神山(コウヤマ)の円錐形をかたちどった立砂(タテズナ)。右か雌で頂上に2本の松葉を刺してあり、左が雄で3本の松葉を刺してある。本来、神山をあらわしたものであるので1つあったものが陰陽思想の影響で一対となったと説明されている。




賀茂別雷神社の土屋
(Photograph 2012.10.28)



賀茂別雷神社の摂社 片山御子神社 御祭神玉依比賣命
(Photograph 2012.10.28)


賀茂族の娘、玉依姫は、賀茂川で丹塗りの矢を見つけ、拾って持ち帰ったところ、その御力で男の子を授かった。これが若宮である。若宮は成人し、八百万の神が集まる場で、天を指し、「父神はあそこにおられる」と宣じた。こうして若宮は、父神である天神の元に戻ってしまい、再会を望む玉依姫に「・・葵を飾って・・・祭りをして待っていてください」と告げる
−神社パンフレットより−




(Stamp 2012.10.28)