皇祖皇太神宮

コウソコウタイジングウ
   
富山県富山市金屋
御祭神 天地身一大神(アメツチマヒトツノオオカミ)(天地開闢の大根元 亦名 元無極體主王大御神(モトフミクライミヌシオオカミ))
天国竈大神(テンゴクカマドノオオカミ)
皇祖皇太神(スメオヤスメラオオタマシイオオカミ)
別祖大神(トコオヤオオタマシイオオカミ)
神国御廟命大神(シンコクミタマミコトノオオカミ)
神明三十日明大神(カミアカリミソヒマモリオオカミ)
日月人風光主大神(ヒツキホオヒノオオカミ)
         

竹内文書を教典とする天津教(天神人祖一神宮)の聖地である。


皇祖皇太神宮の社
(Photograph 2012.8.12)

探索レポート 尖山ピラミッド



御由緒
八幡山皇祖皇太神宮のいわれ
古文献によりますとこの御皇城山は天神七代を経て天孫降臨の御神勅により皇統第一代「天日豊本葦牙気身光大神天皇」が人類世界の統治者として神定され天降られた地とされております。この場所は&quot;神明&quot;とされておりまして神宮の建立されたのがこの地区であります。その神宮の神殿は上古五代天皇のときの記録では七百二十一尺、奥行き六百六十一尺(時代により千二百六十一尺という記録もある)という広大なもので屋根はヒヒイロガネでふいた参殿づくりであったと記されております。お宮は二十年ごとに換え地に交互に建てられました。その一方がこの八幡山ですが、天皇自身祭主される大祭には全世界から五色人がつどい八ヒラデ四拝礼をし、盛大なお祭りがおこなわれました。<br>
祭礼は、深湯祭(クガタチ)、鎮火祭(ヒワタリ)、鳴動祭(カマナリ)など術祭をおこない上下万民の安泰を祈念しましたが、世界の聖者たちもこの神宮で修行し一派を開き、その系統が現在までつづいております。<br>
神宮は創立以後幾多の天変地変、土地の隆起陥没により神域は変形しましたが、ホド宮としての八幡山(ミド宮は久郷の地)皇祖皇太神宮はこのように由緒ある場所であります。
総本庁 皇祖皇太神宮




皇祖皇太神宮の鳥居
(Photograph 2012.8.12)